2009年4月アーカイブ

半年間の準備段階を経て『世界料理学会』なるものが終了した。

関わりを持った人々は多数いらっしゃる。

ボランティアで当日の朝早くからお手伝い頂いた方々も多い。

 

地球の反対側から駆けつけた『南米各国で知らぬ人はいないという料理人』も

自らを吐露した。

東京の『おやじシェフ』も、料理専門誌の『神様』も、

今の世界三大シェフと目される『若手日本料理人』も、

『オーベリュジュの先駆け人』『スペインの一つ星シェフ』等々、

いずれも今の世に名高い総勢19人。さらにそのスタッフ達達・・・。

想いと思いがぶつかって、大きな潮流となった二日間だった。

 

函館の五島軒で開かれたこの学会には、

我らが、倶楽部ガストロノミーバリアドスのメンバーも、

500人分40種を超える料理に腕をふるった。

当然、厨房は大混雑!

よそ様の厨房を覗かせて頂くことすら難しい世界なのだが・・・・・。

 

メディアも大勢訪れた。

各放送局・新聞各社・料理関連ジャーナリスト・旅行雑誌・タウン誌・ミニコミ誌・

さらには多くのブロガー達。

皆熱心、あるいは必死だ。

 

小さな実行委員会は、動きやすかった。

頻繁に作業の確認をする必要もなかったし、

阿吽の呼吸を必要とする仕事も、『適当』な成り行きと『好い加減』な匙加減を中心に、

難しいと思われる課題達を、一応何事もなくやり過ごせた。

餅は餅屋の仕事ぶり・・・・・。

 

参加した人々は言う。

良かった・素晴らしい・函館のあるべき姿・料理の世界を変える・

善き仲間・新しい料理学会の姿・・・・・

 

学会に関わりを持たれた全ての人々が、

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プロとしての自らの仕事にどのように向き合うのか、

自らに問うことのできた時間だったように思う。

 

全てを振り返って考えてみると、

プロとして自分の仕事を突き詰め、全うする意志が強い人々。

善き結果を信じて仕事に関わってきた人々。

そんな人々が集合し、濃密な時間を過ごしたのではあるまいか。

もしくは、来てみたらそうなった自分がいた。ということではあるまいか。

 

明日は実行委員の総員4人が集まっての反省会だ。

大兄はどんな思いを話すだろう。

 

 

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いい笑顔のおじさんは、
何を隠そう・・・隠してはいないが、
日清製粉の熊谷さんだ。

今年の5月31日で退任だそうで、
15日のN43°春の講習会で、
会員に別れの挨拶をお話になった。

こういうのは辛い。
笑顔でおられるので尚更なのである。

私のカメラは、何となくピンボケになってしまう。


だが、ご本人は、満足げである。
それはそうだろう・・・
今までズ~っと一つの道を歩んでこられたのだから。

今回の講師を務められた、笠原さんも日清製粉の技術の重鎮だ。
日本へ、ドイツパンをはじめとする、ヨーロッパのパン制作技術の伝承に多くの努力を払われてきた。

笠原さんも同じ日に退任されるとのこと・・・・・。

いずれにしても、寂しい気分になるが、
春の待ちこがれた陽差しが、別れの笑顔を照らすのはなにやら皮肉めいている・・・・
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だがしかし!
我々には大きな救いがある。

『職人』としての血は退任しようが流れ続けているのだ。

退職ではない・・。

職人から離れてしまうわけではないのだから、私たちの先達は依然として先達のままであり続けてくれる。



退職のない人生は辛そうだと感じることもあるのだけれど、何のことはない素晴らしきことのようだ。
最近、取材が重なってたくさんのインタビューを受けた。
良く判らない質問もあったりしたし、良く判らない受け応えになってしまったりもした。
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主観で物事をとらえるのが人であるならば、間違った主観で伝えられるのは困りものだ。

インタビューをしたなら、その咀嚼をしっかりと繰り返し、記者の得た情報を、きちんとした客観を主体として伝えて欲しい。

無論、記者や編集者の主観を織り交ぜてである。




以前、某民放ラジオの人気番組(聴いたことはないのだけれど・・)で取り上げられたことがあったが、
放送後に送られてきたテープは、まるで見知らぬ物語で、
誰の事やら判らぬ出来番組だった。
これではたまったモノではない。


料理関係の専門書や、トレンドの雑誌、情報誌、新聞、テレビ、ラジオその他諸々の取材が入る。

パンのことを学び、最低限自分の質問を理解しているならともかく、
学ばず、知らずに、知ろうともせずに記事を書く。
結果、読者は取材した記者レベルの主観を受け入れることになる。
不足分は美しき映像でご勘弁・・・・。

以前ある首相が、テレビカメラのみを残させ、記者を全て排除して会見をしたことがあった。
美しきかどうかは別にして、判らぬでもない。

しかし、それでも伝わらない何かも生まれる。

良き記者と良き編集者がいて、
正確な情報の伝達が生まれるのだろうと思う。
幸い、記者達とうまくコミュニケートがとれるので、うまくゆくことが多いが。

何よりも大切なのは、
人が造り、人が売り、人が買い、人が食べる。
人が必ず介在している仕事であることだ。

直に人に伝えられる言葉の他に、モノが存在することは何よりも力強い。


店と名の付く商売には、常連さんと呼ばれる人々がいらっしゃいます。

 

朝一番によくいらっしゃる「コークスのおばあちゃん」。冬になるとコークスストーブを焚くので、両手のしわの中まで真っ黒です。

   

暖かな日に、おじいさんとおばあさんが二人仲良くタクシーでいらっしゃいます。おじいさんがパンを選んでいる間、おばあさんはベンチでスタッフの入れたお茶をすすり、ウグイスあんパンをゆっくりと召し上がります。

 

 

 洞爺から、大型バイクに跨りやってきて、パンを買ってすぐに引き返す紳士。

 毎朝チラッっと覗いて手を振ってゆく可愛い小学生。

 突然大きくなって現れた、バターロール大好き少年。

 お母さんになっちゃった役場の女の子。

 周りの車を気にしながら毎日買いにくる佐川急便のお兄ちゃん。

 

 

夏休みになると必ず三日続けていらっしゃるご家族があります。

60代くらいのご両親と、30代くらいの息子さん。車のナンバーは『なにわ』です。

ニッコリと会釈されて入っていらっしゃいます。

『また  今年も来ました』      『ようこそ』

 そして三日後には

『今日 帰ります』      『はい  また来年お待ちしています』

互いに笑顔のままですが、そんな会話が出来ているような気がします。

 

こんな出会いの全てが、パン屋をしていて良かったと思う一瞬です。

これを読んでくださっているあなたも、

お店の大切な、そして素敵な  いつものお客様  なのです。

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