電話口の向こう側で、もろくも泣き崩れる後輩に戸惑う。
二つしか年の違わない後輩に、安否確認の電話がつながった。
『生きてるか?』の一言に、彼女は号泣した。芯の強い娘だ。声を上げて泣くなんて。
かける言葉がつまってしまい、涙がボロボロこぼれた。
苦しいんだと思う。

在仙の先輩達が皆元気で生きていることを伝えると、今度は嬉しそうな泣き声に変わった。
また涙がボロボロこぼれた。
また一緒に山に登ろうな。
電話口の向こう側で、もろくも泣き崩れる後輩に戸惑う。
二つしか年の違わない後輩に、安否確認の電話がつながった。
『生きてるか?』の一言に、彼女は号泣した。芯の強い娘だ。声を上げて泣くなんて。
かける言葉がつまってしまい、涙がボロボロこぼれた。
苦しいんだと思う。

在仙の先輩達が皆元気で生きていることを伝えると、今度は嬉しそうな泣き声に変わった。
また涙がボロボロこぼれた。
また一緒に山に登ろうな。
我が家のネコ。
名前は『ペコ』。迷いネコで、来た時はとっても小さくて、
首に碧のリボンで結ばれた銀の鈴を付けていた。
飼い猫だと思ったから、店の裏に段ボールで家を造ってやり、その中にいたのだけれど、
厳冬の最中に可哀想になり、家に連れ帰った。
小さいネコと思っていたネコは、子猫だったということらしく、どんどん大きくなって今ではこの状態だ。
もうあれから随分と時が経った。もうこの娘も12歳くらいか・・・・・・
ストーブの前は指定席で誰も侵すことはできない。
家族の構成も変わった。
お客様も変わった。
家や店の廻りの風景も変わった。
今日のストーブは機嫌が良いね。
インフルで、ある家族がダウンした。
野暮用で札幌に行った日にその報告は来た。「Pain屋」の危機だ。休業だ。
「すわ!」ッと思ったけれど、何せコチトラ札幌である。
急いで帰ったわけではなくノンビリとしたものだったけれど、取り敢えず、帰宅した翌日からは函館の店の仕込みに回った。なんと一年ぶりくらいでミキシング・・・。生地温が上がらずに苦労する。
二日間、札幌でのなれない野暮用で疲れた身体にむち打って、パン作りを一からこなしたが、やっぱりパンを作ることが好きだと解った。
これだけでもメッケモノかもしれないな。
明日からまた札幌だ。
もう二週間も前だけど、仕事もほとんどすることが無くて、朝からず~~っとこの坊主とデート。
深雪の中をあちこち思う存分遊び回っている時間があったのに・・・
今では考えられない。
今年はとても雪が多い。
だから、腰も痛くなるし背中も丸くなってしまうのだ。先日屋根の雪下ろしをしたのだが、氷が張っていてとても恐い思いをしてしまった。
もう、体力にモノを云わせて何とかできる年代ではなくなってしまい、知恵を絞って立ち向かう以外手は無さそうだ。
それでも、お天気がいいと気分は良くなり、今日は遠出だ!!
何処までも青く澄んで、なんだか北海道の一月とは思えない空気感だ!!
明日はどんなお天気だろう?
今度は鳥を観に行こう!!
続きに続く新年会は、ついに先週終わった・・・。
みんなで話している今年の夢は、多少のあやふやがあるモノの呑んで騒いでいるうちに、明確な目標となってゆくモノだ。これこそが新年会の役割のように思える。
ガスバリは食に関わりを持つ者達の集まりだから、食を中心に据えた話題が中心だ。
こなひき小屋の新年会は、全員がリーダーシップを感じて、製造から販売までのホスピタリーと、スタッフそれぞれの一年の課題、さらにはプライベートな目標までに及ぶのだ。一種の家族としての繋がりを求めるものだ。
BAR街の新年会の内容は多岐にわたる。
メンバーがそれぞれに普段は違った活動をしているからで、その違った環境の中から、BAR街というひとつの形を作ってゆく。
必然的に考え方や、取り組みのアプローチも異なるわけだから、新しい意見や見方が次々と現れるのだ。
このことは、他の活動についてもおそらくそれぞれに影響を及ぼしているのだろう。
だからこそ、この仲間達は大切にしなければならない。
休みの間中、常に朦朧と曖昧と混濁に沈殿・・・・・。
ストーブの炎の前の椅子に座り、ずっと考え事。
雪が降れば積もるに任せ、風が吹いても木の枝が折れても、ただ椅子に腰掛け炎を眺めていた5日間。身体中に冬の黴が生えてしまった。
久々に歩いた雪道に、家庭菜園の横にある蛇口がポツリ。
寒い空気の中にピカリと輝いていたが、これも冬眠中だ。
冷たく感じるベッドに寝ているお正月ではなかったが、温い炎に包まれて、限りなくダラダラと過ごした寝正月の五日間でした。
年始めは、週ごとにおとずれる『新年会』から始まりです。う~~ん・・・・まだ、だらりだらりだ。
冬至が過ぎると現金なもので、もはや日暮れ時が遅くなったように感じる。
だから、とても嬉しいのだが、今日はそれほどでもない。
朝からもう何回雪かきに汗をかいただろうか・・・。
何度も大雪をあっちへこっちへ移動していることの辛さは、やっぱり毎日の不摂生を感じてしまう。
いかに運動不足とはいえども、「こんな事ぐらい」だったはずの体力気力は何処へやら・・・・。ヒーヒいいながらの合計4時間はもはや限界。
今年の残り少ないごく僅かなエネルギーも全て使い果たしてしまった・・・・
なので、今年はもう雪かきはしない!!宣言。
愛犬との散歩も、今日はごめんね。
今年もこの季節だ。
山の笹の葉に雪がふんわりと積もる頃が、開店以来作り続けている『シュトレン』の季節だ。
お師匠さんに教えてもらった作り方とはずいぶんと違う状態にあるが、間違いなく基本に流れているのはブルクベーカリーの『シュトーレン』だ。
函館は、ロシアの商船が往き来した旧い港町。僕らの小さな頃には、ロシアクッキーなるものが丸い缶に入れて売られていた。大きな真っ赤なサクランボがのっていて、大きくカチカチに堅いそのクッキーを頬張ると、モロモロと崩れた。なんだか解らない粉の味がする妙に田舎臭い素朴なお菓子だった。
クリスマスには、白いケーキなど食べることがなかったけれど、この堅いクッキーは、父と母が食べさせてくれた、ごくごく幼き頃の幸せの味だ。
僕の『シュトレン』は、こんな背景から生まれた味わいだと思っている。
今のこなひき小屋のシュトレンは、バターをふんだんに使っているし、小麦も素性の明らかなしっかりとしたものだ。
フルーツは沢山、ナッツもいっぱい。沢山の砂糖でコーティングされてとても贅沢だ。
だけど・・・・・モロモロと口の中で砕ける食感は、本来のシュトレンの有り様から離れていても、やっぱり僕のお師匠さんから引き継いで僕のペーソスを詰め込んだ『シュトレン』だ。
もうここ数年は息子達に任せてある。おそらく、これからのこなひき小屋や、Pain屋の味になってゆくのだろう。
自分たちの大切な味に育てて欲しい・・。
この時期のMy行事はベーコン作りだ。
なにも高くて上等な肉を使う必要はないので、それほど神経を使うことなく屋外で作業できるのが嬉しい。いつもの薪を割っているような感覚で肉を下ごしらえ。
塩漬けにして一週間ほど・・水で半日塩抜きをして・・・・肉をぶら下げて三日乾燥・・・・・
固さを確認して7時間燻煙・・・・出来上がり!!
試食・・うめぇ・・。安上がり・ほっとける・ずぼらOK・さらに飲みながら出来る・誰もいない午後の時間にはもってこいだが、ひとつ難点がある。
3Kgの肉に分けて4本のベーコンを作るのが固さや味わいを変えられて楽しいのだが、3Kgx4本で12Kg・・・これってかなり重いのだ。本当に重い肉の固まりだ。
ここ一年でこれだけ肥った。こんなに肉が増えたのだよ。
いよいよ今年も最後の月になってしまった。

父が亡くなったのもこの月だ。押し迫ってからの臨終で、クリスマスやらお正月やらなんだか解らないままに、厨房で彼方への旅立ちの報を知らされた。
看取ることが良かったのかと、今でも迷っているが、その時は母と妻・妹に任せていた。この時期になると、クリスマスを迎える陽気さと、暗く重い空気の憂鬱に右往左往している。
遠い家の灯りは灯ってはいず、煙突からの煙も上がってはいないが、今日は誰かがいる気配。
きっと冬ごもりの準備に違いない。