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想い

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110509_0522~0001.jpg店からの借景。

 

いつもと同じように、お隣の中枝垂れ桜が見事に咲いてくれた。この時季は、もう四時頃にはこのくらいの明るさになってくれるのが嬉しい。

 

あちこちの有名どころの櫻も良いけれど、色々な想い出のあるここからの櫻も、自分にとっては大切な風景だ。

 

気が付けば、この桜も散っていて月はもうじき夏至の月を迎えようとしている。

 

今年もまた山からは羆が下りてきているらしく、想い出の山桜をゆったりと眺めることは出来なかった。

替わって今見事なのは、山毛欅(ぶな)林の新緑だ。

この緑色にも深い想い出がある。

想い出を大切にできるよう、失わないよう。

 

私たちの世代は、どうしてこのようなものを造ってしまったのだろう・・・。

コントロールできない自然は、私たちが造ったものではないから、コントロールできなくともそれに従うより仕方がないと諦めもつく〔無論天罰などという、何かの詭弁の諦めではなく・・・〕

しかし、必要だったか、欲求だったかは知らぬが、国の人々が欲した形で『原発』は造られた。

今でもコントロールできると信じている人々だっている。

コントロールできぬものを造り出すことがあってはならぬ。

必要なものを必要な分だけ・・・。sDSC00295.jpg

今は、なんだかそんなシンプルさが、自分の生き方を救ってくれそうな気がしてならない。

 

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山のパン屋の想うこと・・がアップできないので、こちらからお知らせ。

N43°春の講習会は4月13日(水)に札幌日清製粉ラボで・・・。帝国ホテル金林さんと、日仏商事平松さんを講師に迎えて行われます。

12日から準備です。

 

 

BAR街に引き続き,世界料理学会in HAKODATEが終了した。

餅は餅屋の実行委員会だが、さすがに事務方やホスピタリティーに欠けて、応援として三女史に強力な助っ人を頼んだ。お陰で、ラテン的には全く問題なく無事に終了した。

 

乗り越えることが難しい『何か』が掴めなかった若者は、熱心で思いやり深く、辛抱強いS藤氏の導きで輝きを放って戻っていった。

S藤さん・・・学ばせて頂きました。

日本のシェフ達の、隠し事や策略のない開けっぴろげな態度に、米国のトップシェフは朝まで駐車場で酒盛りだ。招致に御努力された世界的な日本のシェフ夫妻と共に、眠い眼を擦りながらも、充実した復路の機上だったろう。

古都京を代表する三ツ星・一つ星を持つ料理人は、海外で培ったサービスを基に、日本の料理の伝統と、旅館の持て成しを、日本蜜蜂の蜂蜜を例にして、軽妙に披露した。

フランスの若者達は、実直な通訳との正直なやり取りで、その料理や接客までもが目に浮かぶようなプレゼンをしてくれた。

 口腔の構造から味覚の神経の道筋まで、素人にもわかる範囲に『かみ砕いて』説明してくれたDrT、『鵜呑みに致しませぬ』。

世界中の人々の味覚の解明という宿題をお願いしますぞ。

 

painのシェフは、淀みなく普段のブーランジェ達の理念を言葉として表現した。

『トップレベルのパン屋達はこんなことまで考えているんだ』ということを、初めて料理の世界で知らしめてくれた。

ありがたや。

 

幾人もの作家を支えた文芸ジャーナリストは時代の背景と食の移り変わりを語り、

リッチなオーベリュジュは膨大な量のホスピタリティーとそれを支える人々の営みを語る。

 

東北のシェフは滋味深い野菜と、その生産者の努力を語り、地域のコミュニティーにまで取り組んでいることをあふれ出るエナジーで伝える。

津軽の林檎と農業の有り様から、地球規模で自らの仕事を語り、協調を求める林檎農業家。

老齢であるけれど、努力によって芯から逞しい彼を支え、自らの料理に表現する、弘前の叩き上げシェフ。

 

裏打ちされた卓越した料理の技術と、饒舌な話術で、若手の『恵比寿』の和食料理人は聴衆を魅了した。

地方といわれる函館で、そこにしかない食材をこつこつと学び、育て、熟成させた中華の職人は、堂々と、そして晴れやかに壇上にいた。

持てる知識と技術を、三代にわたり築き上げ、歴史の重みを提供し、さらに前進を続けようと意欲に燃えるresutaurant オーナー。

 

フランスの星レストランでの修行を重ね、北海道最高峰のホテルから独立して、今やフランスにまで影響を及ぼす若き北海道の精鋭シェフ。

スペインナバラの地で、地元の全ての期待を背に、たじろぎもせず自らの料理と、誇れる故郷の風土を披露した、独自の料理スタイルを持つ若きシェフ。

 

日本のフランス料理界の大御所は、久々に逢うなり、笑顔満面でいきなりの料理・パン談義だ。

BAR街での振る舞いに、一緒になって声を張り上げてくれた大阪の愛すべきシェフとスタッフ。

BAR街の出店までしてくれた『力』さんと『六』さん・・・・心からありがとう・・。

ガッチリした体つきのくせに、妙にナイーブな八戸のシェフ・・・又逢おうね。

通訳でスペインから同行してくれた、Y女史。遠いけれど又来て!

函館の真っ正直性格で、真っ正直なフランス語のK女史。

実行委員でもあり幅広い食の知識を持つ、フランスも英語も日本語だってOKのH女史。

シェフ達を支える・マダム達。皆さんがいらっしゃらなければ、この会は開催できなかった。Tシェフのおっしゃる通り、皆さん皆さん本当にありがとう。

 

そして、たくさんの仕事を押しつけて頭の中を混乱に追い込んでしまった、敏腕編集者K女史。

マッキー・ミッキー・アッキー・ゴッキーなんて洒落た名前をありがとう!一気に親密になれた思い遣りに脱帽!貴女の役割は、おやじTシェフや、Kシェフと同様、この学会にはなくてはならない存在なのです。大兄Hシェフの思いを受け止めて、形にしてくれた努力に感謝します・

来場したみなさんありがとう。

函館で、又お待ちしています。

 

カメラを壊してしまって、な~~んにも撮れていなかった。

もっとも撮る時間なんて無かったけど・かろうじての一枚。

ちょきのY本さん、ぱーのO田シェフ・・・ありがとう。

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神社の境内は、子供達で大にぎわいだ。旧い大木に囲まれた神社には大人達が集まり、お神楽の真っ最中。

 子供達は、日暮れ近くの境内で、くじ引きや、型抜き、金魚すくいに夢中だ。

 古い町の古い神社は、僕の生まれた街の小さな頃からの佇まいを残している。

 夜は蝙蝠が飛び交うし、蜩だって啼くのだ。

 

街のみんなが集う夏祭り。

 

 

 

 

s夏休み1016~18aug 008.jpg色とりどりの出店の前は、ついこないだまで小銭を握りしめて立っていた若い両親が、子供を抱いて立っている。

 

店に並ぶおもちゃの種類は変わったが、華やかなのだが寂しくて、もの悲しい祭りの雰囲気は変わらない。

僕が生まれた街の遙か懐かしい風景。

 

 

 

旧いものを壊して新しいものを作ることが、経済を生み文明を開化させ人々を『豊か』にするらしい。

この論理からいえば、私たちはペリーが来たときからリッチになっていたはずだが、今の空しいまでの現実はどうしてなのだろう。

新しい物に触れるときのわくわくする気持ちは確かにあるのだけれど、旧い物に触れる『畏敬』と沸き上がる想いはそこには無い。人々が我が街を良き街と考えるには、何が大切なのだろうか?

 

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生きている魚たちが、生きて泳ぎ回る河を、

あなたに残しておいて、やれるだろうか?父さんは

 

僕らは生きている人々に、生き生きと動き回れる街を残さねばならない。

 

君もそう想うだろ?

どこの街にも桜の名所があって、こんなお天気の良い日にはウットリ見とれて歩いてしまう。

配達にあちこち走りまわりながら、我が町の桜の木々を観て廻る。

黒い幹と淡いピンクのコントラストが美しい中通りの古木。

すくっと高く立ち上がった旧道沿いの櫻。

神社前のこんもりとした枝垂れ桜。

旧い校舎からグランドへ続く曲がりくねった道を彩る櫻の古木並木。

山毛欅林の中にひっそり艶やかに咲く山桜。

そして、裏山に咲く山桜の古木達。

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もうすでに春めいてきていて、春分も迎え里山の雪もすっかり粗目雪に変わった。

クロッカスの小さな芽も、柔らかくなった土を盛り上げはじめて、突然花を開きビックリさせようとしている。

 

s2010雪山 012.jpgまさに春・

早朝の雷鳴は『春の嵐』

その後の強風は『彼岸荒れ』

西から黄砂もやってきて、どんどん春になる。

昭和9年の今日は『函館大火』のあった日だ。

やはり風の強い日で、瞬く間に市内一円を焼き尽くしたそうだ。

Pain屋がある臥牛山の麓には、大きな二十間坂という坂道があって、

それを境に焼けた場所と免れたところに分かれたそうだ。

 

丁度Pain屋は焼けた側に位置している。

火の用心!

 

 

秋のBAR街が終了した

 

実行委員会で、大忙しのさなか、

Pain屋はスタッフに任せて、とある場所で

『臥牛山下ノ坂下ル』という名前のBARを開いた

 

ゆったりと語ることのできる空間が欲しかった

若者がこれからを期待できる場所が欲しかった

古い街並みや民家が、多くの人々の財産であることを知って欲しかった

臥牛山の麓で暮らしている実感が欲しかった

 

09,11 009s.jpg小さな地方都市の、旧市街地に豊かに人々が住む

ここに暮らす、ここで生きる誇りを持ちたい

ここに生きる想いの全てを大切にしたい

 

 

祭りに集う故郷の仲間の素晴らしさを、しみじみと想う。

 

また来年の春にお会いしましょう。

 

秋のBAR街が9月11日にある

 Pain屋では恒例のjazzが流れ いつもと同じ焼きたてのPIZZAを。

 マップも新しくなり参加店も増え 参加するお客様も右肩上がり

 

地域活性化でも村おこしでもない 

ただただこの街並みが好きな輩が徒党を組んで始めた祭りだ

 

同時に多くの商売も絡み 実質的に大きな商業イベントにもなってきた

経済効果は・・・・などと 都市のイベント並みの話も聞こえる

 

 反面つまらなくなった と言う声もある

何が・・ どうして・・ 

 

整理がつかず 午後の強い陽差しの中 誰も来そうにもない 

街からは遠く離れた 寂れきった農道を走った

 

夏 010s.jpg

崩れそうな旧い橋まできて まだ続く路を眺めていると

ただ進みたくなった

ただただ進みたくなった

 

パン屋仲間の朝の定番ラヂオ番組といえば、『ラヂオ深夜便』だ。午前3時30分に仕事を始める、少し年嵩のパン屋さんには、大切な番組かもしれない。

今朝4時からの『心の時代』のコーナーは、「高野辰之」という作詞家の話だった。

高野辰之・岡野貞一のコンビといえば、兔追いし・・・の「故郷」をはじめ、「朧月夜」「紅葉」「春の小川」・・・と、日本の叙情歌の代表ばかり。僕は一時、日本の国歌は「故郷」がいいのではないかと思ったし、我が街が合併する羽目になりそうだったときには「故郷市」がいいと本気で思っていた。

解説者によると、高野の詩には日本人の誰もが思い浮かべることのできる、それぞれが大切に思うそれぞれの「日本の情景」が染みこんでいる。らしい。

皆同じ気持ちで同じ日本の情景を想っていると思い込んでいたが、炭坑のボタ山に囲まれて育った人は、自らにとっての「山は蒼き故郷」の情景を、豊かな故郷の姿として思い浮かべるらしいのである。

我らが街の情景を大切にしたいと思う。ふんわりと暖まる故郷の姿や空気や人々との関わりを、 090117_0713~0001s.jpg少しでも大切に残しておきたい。

少し早いお知らせだが、函館旧市街地の「春のバル街」は4月19日だ。

 

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