BAR街に引き続き,世界料理学会in HAKODATEが終了した。
餅は餅屋の実行委員会だが、さすがに事務方やホスピタリティーに欠けて、応援として三女史に強力な助っ人を頼んだ。お陰で、ラテン的には全く問題なく無事に終了した。
乗り越えることが難しい『何か』が掴めなかった若者は、熱心で思いやり深く、辛抱強いS藤氏の導きで輝きを放って戻っていった。
S藤さん・・・学ばせて頂きました。
日本のシェフ達の、隠し事や策略のない開けっぴろげな態度に、米国のトップシェフは朝まで駐車場で酒盛りだ。招致に御努力された世界的な日本のシェフ夫妻と共に、眠い眼を擦りながらも、充実した復路の機上だったろう。
古都京を代表する三ツ星・一つ星を持つ料理人は、海外で培ったサービスを基に、日本の料理の伝統と、旅館の持て成しを、日本蜜蜂の蜂蜜を例にして、軽妙に披露した。
フランスの若者達は、実直な通訳との正直なやり取りで、その料理や接客までもが目に浮かぶようなプレゼンをしてくれた。
口腔の構造から味覚の神経の道筋まで、素人にもわかる範囲に『かみ砕いて』説明してくれたDrT、『鵜呑みに致しませぬ』。
世界中の人々の味覚の解明という宿題をお願いしますぞ。
painのシェフは、淀みなく普段のブーランジェ達の理念を言葉として表現した。
『トップレベルのパン屋達はこんなことまで考えているんだ』ということを、初めて料理の世界で知らしめてくれた。
ありがたや。
幾人もの作家を支えた文芸ジャーナリストは時代の背景と食の移り変わりを語り、
リッチなオーベリュジュは膨大な量のホスピタリティーとそれを支える人々の営みを語る。
東北のシェフは滋味深い野菜と、その生産者の努力を語り、地域のコミュニティーにまで取り組んでいることをあふれ出るエナジーで伝える。
津軽の林檎と農業の有り様から、地球規模で自らの仕事を語り、協調を求める林檎農業家。
老齢であるけれど、努力によって芯から逞しい彼を支え、自らの料理に表現する、弘前の叩き上げシェフ。
裏打ちされた卓越した料理の技術と、饒舌な話術で、若手の『恵比寿』の和食料理人は聴衆を魅了した。
地方といわれる函館で、そこにしかない食材をこつこつと学び、育て、熟成させた中華の職人は、堂々と、そして晴れやかに壇上にいた。
持てる知識と技術を、三代にわたり築き上げ、歴史の重みを提供し、さらに前進を続けようと意欲に燃えるresutaurant オーナー。
フランスの星レストランでの修行を重ね、北海道最高峰のホテルから独立して、今やフランスにまで影響を及ぼす若き北海道の精鋭シェフ。
スペインナバラの地で、地元の全ての期待を背に、たじろぎもせず自らの料理と、誇れる故郷の風土を披露した、独自の料理スタイルを持つ若きシェフ。
日本のフランス料理界の大御所は、久々に逢うなり、笑顔満面でいきなりの料理・パン談義だ。
BAR街での振る舞いに、一緒になって声を張り上げてくれた大阪の愛すべきシェフとスタッフ。
BAR街の出店までしてくれた『力』さんと『六』さん・・・・心からありがとう・・。
ガッチリした体つきのくせに、妙にナイーブな八戸のシェフ・・・又逢おうね。
通訳でスペインから同行してくれた、Y女史。遠いけれど又来て!
函館の真っ正直性格で、真っ正直なフランス語のK女史。
実行委員でもあり幅広い食の知識を持つ、フランスも英語も日本語だってOKのH女史。
シェフ達を支える・マダム達。皆さんがいらっしゃらなければ、この会は開催できなかった。Tシェフのおっしゃる通り、皆さん皆さん本当にありがとう。
そして、たくさんの仕事を押しつけて頭の中を混乱に追い込んでしまった、敏腕編集者K女史。
マッキー・ミッキー・アッキー・ゴッキーなんて洒落た名前をありがとう!一気に親密になれた思い遣りに脱帽!貴女の役割は、おやじTシェフや、Kシェフと同様、この学会にはなくてはならない存在なのです。大兄Hシェフの思いを受け止めて、形にしてくれた努力に感謝します・
来場したみなさんありがとう。
函館で、又お待ちしています。
カメラを壊してしまって、な~~んにも撮れていなかった。
もっとも撮る時間なんて無かったけど・かろうじての一枚。
ちょきのY本さん、ぱーのO田シェフ・・・ありがとう。
