今年を思いかえせば、頭が多忙だった。
遊んでいても、次の仕事なのかなんなのか、何やら解らぬモノが、頭にこびりついて離れない毎日だった。
何年にもわたってこびりついたままの、出てきたり引っ込んだりするモノはいつもあったのだが、今年は片時も何かのこびりつきが離れなかった。
『身』はもうすっかり萎えて葬り去られてしまっているが、『気』だけは次に向かって動いていたものだ。どうやら『気』も、後ろ向きになっているようで、この先が危ぶまれる。
一年の自己総括は辛口に言うとそういうことになる。
甘く言うと、いつもの通りの一年だったなぁ・・ということか。楽しいことは山ほどあったが、それ以上に大変なことも多かった。大変と言うよりは苦しいと言い換えた方が正解か。
JAZZ評論家に寺島靖国なる、日章旗を掲げて詠いだしそうな名前の人物が居て、この方の辛口評論のお好きな御仁もかなり多い。
評論を読んでJAZZを聴くわけでもなけりゃぁ、右往左往するわけでも無いのだけれど・・・・・
評論は、総じて私の好みとは似ているモノの、じつはかなり違う。バドパウエルがお好みのようで、『ザ・シーン・チェンジズ』などはこれが本来ジャズピアノの音とよべるものと明言している。
このアルバムは私も好きで、深い哀愁を感じるところは似ていても、どうも褒めながらの辛口を聞かされると、感じ方も違っているように思えてしまう。
氏が『わからない(良さが理解できない)』と評するミッシェル・パトリニアーニは、私の好きなピアニストだ。
華麗な躍動感を感じるピアノだ。
押し寄せるパン生地と格闘し、何やら訳の判らぬクレームを処理し、眠い眼を擦って、アト三日をを乗り切れたなら・・・・・・・
甘口のJAZZ評論と、ぬる燗のお酒と、友のこさえたおせちと、パアトリシアーニのピアノと、小三治の噺と、犬と猫の体臭にまみれて新年を迎えよう。思いっきりだらけきった休みがまって居るのだ。
ダレがスキーなんぞゆくモノか。山なんぞ登るモノか。
来年こそ、引退してやる!
皆様善き新年を。


